1989年のわたしの手帳

 

 その手帳の表紙はえんじ色で、年号と文字を囲む四角は金色。

いつもそばにある。表紙を開くと、夫だった人の会社のロゴが

目に付く。夫48才、わたし47才、長女が武蔵大学へ入学、次

女が幕張東高美術科2年生。3女が小学5年生の頃の手帳だ。今は、

あれから29年の年月の流れた2018年を生きていることになる。

その年の8月までは、家族皆が、まぁまぁ健康でウソのように平

和な日々だった。ウソのように希望に満ちた日々だった。

 今は、あれから29回目の秋、10月だ。それまで、病気知らずの

3女だった。5年生になって、児童会の委員を努め、部活では友だ

ちにも恵まれ、パーカッションに楽しみを見つけて、学校生活に

生き生きさが感じられる様になったころ、悪夢のよう病魔があの

子を襲ったのだ。悪性脳腫瘍との診断を受け千葉大学付属病院脳

外科母子病棟へ入院したのは9月25日。一昨日の17日で術後29年。

あのころ、想像も出来なかった術後29回目の秋。いつもの年は、

お赤飯炊いて、ワインで”おめでとう”って乾杯していたのに、今年

は、自分で会社の帰りに大好きなトマトの苺ショートケーキを2つ

買ってきて、二人でほおばっただけだった。ごめんね。今はアルコ

ール禁止の母さん気遣って、でもなにも言わないで、ケーキ全部食

べられなかった母さん案じてるのが伝わってきた。

 今度は、母さんの頑張る番。あなたの今までのことを思えば、、

どんなことも耐えられる、、。そう思う。

 その手帳には、そのころのことがいろいろ記してあるのだ。

まーちゃんや、みさちゃん、ちえちゃんや、お世話になった看護婦

さんや先生達の思い出もね。